小説

夜の峠で、彼は名乗らない、過去も語らない、ただ、一言だけを残して去る。
西伊豆の海沿いの町。
昼は静かなパソコン教室の講師として暮らす、影の薄い中年の男。
だが夜になると、重いVツインの鼓動とともに、峠に現れる――“魔物”。
抜かれる瞬間、空気が歪む。
風が止まる。
そして、世界の手触りが変わる。
夜の峠で出会うのは、家庭を失った少年、何も感じられなくなった青年、SNSから逃げてきた少女、進路や仕事に押し潰されそうな若者たち。
彼は彼らを導かない。
説教もしない。
与えるのは、ほんの短い会話と、最後の一言だけ。
その言葉は、なぜか胸の奥に残り、人生の向きをわずかに変えていく。

山の中に、男がひとり入った。
目的は、逃避でも隠遁でもない。
壊れたときに、もう一度立ち上げられる場所をつくること。
斧、鋸、溶接機、サーバー。
木と鉄とコードを並べ、
掃除と整地から始まる、静かな日々。
主人公スローハンドは、
語らず、誇らず、ただ手を動かす。
失敗し、直し、構造を理解し、また進む。
そこにあるのは成功譚ではなく、
「生活を成立させるための思考と段取り」だけだ。

港町の片隅にある、小さな工房兼塾。
夜になると、そこには酒と静かな会話、そして手を動かす時間が流れる。
人はここを、いつしか 「酔いどれ塾」 と呼ぶようになった。
理屈ばかりで生きてきた青年ユウは、年老いた職人スローハンドと、その妻サエに出会い、掃除、料理、研ぎ、削ること――
日々の作業を通して、「考える前に手を動かす」生き方を学んでいく。
この塾には、立派な教科書も、成功法則もない。
あるのは、・仲良くやれ
・怖さを忘れるな
・理に合わないことはするな
そんな短い言葉と、黙々と続く作業だけだ。
やがて時は流れ、スローハンドの灯は、AIシステム「ハット」へと受け渡される。
人の記憶、手順、思想は、データという形をまといながら、次の世代へと継がれていく。

世界は、突然壊れたわけではない。
人々の判断の型が、少しずつ狂っていっただけだ。
郵便局の窓口で起きる些細な違和感。
学会で共有される、理解不能な理論。
静かな森の工房で組み立てられる、価値判断の構造。
本作『世界の終わり』は、
「人間はどのように判断を誤るのか」
「文明は、なぜ静かに暴走するのか」
を、小説という形式で描いた思考実験である。
物語の軸となるのは、三つのレイヤー。
現場で起きる認知のズレ(ACE)
判断の一貫性を保つための構造(Samurai Code)
人類全体を観測する上位AI(KAGURA)
主人公たちは、英雄ではない。
戦わず、叫ばず、支配もしない。
