手続き経済の沼

地方都市には、奇妙な“支援の網”が張り巡らされている。
役所を退いた者がNPOや財団に流れ、士業がその手続きを支える。
補助金や助成金が動くたび、彼らの手にも小さな収入が落ちる。

一見、それは地域を支える仕組みに見える。
だが実際には、制度の中で生き延びるための循環装置だ。
行政が仕事を生み、士業が書類を整え、NPOが成果報告を飾る。
その連携の中で、「地域のため」という綺麗な言葉だけが空を舞う。
何かをやったように見えるだけで、地方の地盤沈下は止まらない。

手続きが産業になる

地方の多くでは、産業が育たない。
だから、制度そのものが産業になる。
助成金の申請、補助事業の管理、報告書の作成。
手続きこそが仕事であり、収入源だ。

この「手続き経済」は、人を生かさず、殺さず、緩やかに依存を固定化する。
人々は自らの時間を制度の都合に合わせ、次の年度の予算を待ちながら働く。

そこには、構想や挑戦の余地がほとんどない。
正しい書類を作ることが成果になり、誰もリスクを取らないことが「安定」と呼ばれる。

支援という名の支配

「支援」という言葉は美しい。
だが、その多くは支配の婉曲表現でもある。
補助金を受ける側は、支援者の意向を読み、“空気を読む”ことで生き残る。

本来の支援とは、相手が自立することを助ける行為だ。
だが制度の中で使われる支援は、相手を自立させないための仕組みになりやすい。
支援が終われば事業も終わる。
だから、支援を続けること自体が目的になる。

支援者と被支援者は、共依存の関係に閉じ込められていく。
誰も意図してはいないのに、支援が支配に変わる。

予定調和の会議室

かつて、市が主催した「未来会議」なるものに参加したことがある。
その時の印象を率直に書かせていただく。

十年後のまちを語るという名目で、市民が集められた。
だが、そこには市の職員が適度に散りばめられ、経営コンサルタントが仕切り役として立っていた。

議論のようでいて、実際には遊戯だった。
あらかじめ決められた筋書きに沿って、市民が“参加している風景”をつくる場。
予定調和の中で、発言も拍手も意味を失っていく。

その光景を見たとき、私は思った。
これこそが「手続き経済の沼」だと。
制度の中で“対話”を演じ、自治を演出するための舞台。
人が考えるのではなく、“考えたふり”をする仕組みだ。

休みの日でもないのに参加するのは躊躇われた。
遊戯には付き合ってはいられない。

失われた自治

本来、自治とは「自分で考え、自分で決める」ことだ。
だが多くの地方では、自治はすでに“形式”でしかない。
計画も、指針も、事業も、上から降ってくる。
それを整えるのが、地方行政の仕事になっている。

住民が関わる余地はわずかで、参加とは「既に決まった方針への賛同」を指す。
異論は歓迎されず、沈黙が協調とされる。
こうして、自治は他律の装いをまとう。

空気の産業

こうした構造の果てに残るのは、目に見えない“空気の産業”だ。
そこでは、実際の成果よりも、「何かしている感じ」が大切にされる。

報告書の文体が洗練され、スローガンが磨かれるほど、現実は静かに空洞化していく。

支援という名のビジネス。
手続きが目的化した産業。
そして、そこに群がる天下りサポーターたち。

彼らは悪人ではない。
ただ、制度の内側でしか生きられなくなった人たちだ。
そしてその制度こそが、地域の息を止めている。

終章 仕事を失う勇気

私は、自分の仕事を失いたいと思っている。
それは怠けたいからではない。
自分がやっていることを、次の誰かに譲りたいのだ。
そうすれば、新しい何かに取りかかることができる。

人と仕事の関係は、本来そうあるべきだと思う。
「失うこと」が更新の条件であり、「譲ること」が進化の起点になる。

だが今の社会では、仕事を失うことが恐れになっている。
誰もが自分のポジションを守り、やめること、手放すことを避ける。
その結果、世の中の仕事は増えるばかりで、生産は減っていく。

行政職員にも同じ提案をしたい。
期限付きの退職勧告制度を導入するのだ。
たとえば3年間の猶予を与え、その間に生産的な仕事への転職を前提として、週休3日にする。
空いた時間は職業訓練や副業、起業の準備にあててもらう。
もちろん行政の仕事はしっかりやってもらう。

そうすれば、自然と仕事の効率化が進み、
不要な手続きは淘汰される。
自分の業務を半分の時間でこなせる人は、残ってもよいし、起業しても構わない。
できない人は、去ればいい。

行政が本気でそれをやれば、地方は一気に目を覚ますだろう。
「手続きの沼」から抜け出すには、仕事を守るのではなく、仕事を失うことを恐れない文化が必要だ。

制度を作るのは人間だ。
ならば、人間が変われば、制度も変わる。

変わらなければ、地方の衰退は避けられない。

コメントする