―スパイ防止法という名の「統治装置」―
日本では定期的に「スパイ防止法を作るべきだ」という議論が巻き起こる。
しかし、その議論の多くは「外国の工作員を取り締まれ」という素朴な願望の延長に過ぎない。本当に問題にすべきは、どの国のスパイを対象にするのか、そして誰が誰を監視するのかという構造そのものだ。
そもそも日本の戦後体制は、対米協力を前提に設計されている。
外交・安全保障・情報収集の中枢には、日米共同運用という名の、恒常的な“外部回線が埋め込まれている。
外から見れば、日本は独立国家だ。しかし内部構造を見ると、意志決定のいくつかは、最初から外部とリンクしている。
この状態でスパイ防止法を作るとどうなるか。
答えは単純で、米国は対象外、中国やロシアだけが対象、国内の研究者・報道・市民への監視権限は強化されるという、いびつな法律になる。
つまり、スパイを取り締まる法律というより、間接統治を補強する道具になる。
「何もしないよりマシだ」という言い方もできるが、国家の主権を強める方向には向かわない。
むしろ逆に、国内だけが締め付けられ、外からの情報吸い上げには何も触れない。
これはスパイ防止法の体裁をした“国内管理法”である。
こういう状況では、何もしない方がマシだ。
本来、主権国家が持つべきスパイ防止法とは、どの国にも例外をつくらず、行政の恣意的な運用を防ぎ、国民の自由を守りながらも、安全保障のための情報流通を正しく管理するためのものだ。
ところが今、日本の政治家たちが作ろうとしている案は、そのどれも満たさない。
むしろ、外部への従属と内部への統制――
この二つを同時に強化する方向に向かっている。
では、どこを見れば、その出鱈目さを見抜けるのか。
以下に、未来の読者が迷わないための「本物」と「偽物」を見分けるためのチェックリストを示しておく。
スパイ防止法の「本物」と「偽物」を見分けるチェックリスト
1. 対象に対称性があるか?
- 米国・中国・ロシア・欧州・韓国を等しく扱うか
- 在日米軍・CIA・NSAも法の対象になるか
→ ここが曖昧なら、最初から“偽物”。
2. 国内だけを締め付けていないか?
- 国民への監視権限が必要以上に拡大していないか
- 研究・大学・報道への萎縮効果が出る条文はないか
→ 国内管理法の特徴。
3. 行政から独立した情報機関を置いているか?
- トップが政権の意向で簡単に交代しないか
- 国会による監視制度があるか
→ これが無いと、政府が「気に入らない人」をスパイ扱いできる。
4. 官僚と対外勢力の“非公開回線”に踏み込んでいるか?
- 外務省の対米パイプは適用外になっていないか
- 大使館ルートの定期報告が“聖域”になっていないか
→ ここを触れない法律は、本物ではない。
5. 技術流出を国別に差別していないか?
- 中国は厳しく、米国は緩く、などのダブルスタンダードがないか
→ 主権国家として最低限の基準。
6. プライバシーと自由の保護条項が明記されているか?
- 内部告発者の保護
- 取材・報道の自由
- SNS監視の乱用防止
→ これがないと国民を縛るための装置になる。
7. 透明性のある監査制度があるか?
- 年次報告書の公開
- 議会でのチェック
- 情報機関の権限行使の記録
→ ブラックボックスは危険信号。
まとめ
本当に必要なのは「外国のスパイを取り締まる法律」ではなく、
主権を守るための構造そのものである。
そこを外したままスパイ防止法を作っても、
国家は強くならず、国民だけが弱くなる。
“例外のあるスパイ防止法は、スパイを取り締まらない。”