朝の大通りは、いつものように大渋滞だ。
前に進まない車の列。
アクセルを踏んではブレーキ。
ブレーキを踏んではため息。
顔には不満、苛立ち、諦め、そしてまた怒り。
けれど、ふと横を見ると、反対車線はすいすいと進んでいる。
まるで別世界だ。
不思議なのは、ほとんどの人が「渋滞の原因は外側にある」と信じていることだ。
道路行政が悪い。
交通量が増えすぎた。
ドライバーのマナーが悪い。
前の車が遅い。
言い訳は尽きない。
でも一つだけ決して言わないことがある。
「自分がそのレーンを選んで走っている」という事実だ。
今日、たまたま見た動画では、Microsoft Windows 11でCopilotが余計なことばかりするという文句だった。
「自分がWindows 11を選んで使っている」という事実をどう受け止めるのか。
Windows 11がダメ、Copilotがダメ、それには同意するけれど、嫌ならLinuxを使うなどすればいい。
会社がWindowsじゃないとダメなんだと言う人もいるかもしれないけれど、じゃあ、転職するか独立すればいい。
いくらでも選択肢はある。
多数派レーンは、楽だ
多数派は安心だ。
「みんなが通る道なら間違いない」と思える。
考えなくていいし、責任も薄い。
もしトラブルがあっても、「皆と同じだから仕方ない」で済む。
これは社会でも同じ。
Windowsを使っていれば安心。
会社にいれば安心。
みんなと同じ働き方なら安心。
だから、渋滞しても抜け出さない。
自分で道を選ぶのが怖いから。
怒りの向け先がいつも外側
渋滞レーンにいる人は、怒るたびに自分から遠ざかる。
- JRが悪い
- Microsoftが悪い
- 上司が悪い
- 社会が悪い
- ルールが悪い
怒りのエネルギーが、一滴たりとも自分の進歩には使われない。
だから、今日もイライラ、明日もイライラ。
進歩はゼロ。
怒りは本来、「構造を修正するための熱」なのに、外部への批判に浪費してしまう。
違う道を使う、時間帯を変える、行き先変更(会社をやめる、変える)をする、いくらでも選択肢がある。
怒りの感情は、自分の改善に使いましょう。
反対車線は、努力した人だけが知っている
私は、どこに行くか、どこにいるか、何をするかのほとんどを自分で決めている。
だから渋滞するのがわかっている道路を走ることはまずない。
これは、“逆張り”をしたからでも、“運が良かった”からでもない。
ただ、
- 自分で考え
- 自分で選び
- 依存を減らし
- 技術を積んで
- 余白を作り
- 外部に振り回されない生き方
をしただけだ。
結果として、反対車線は空いている。
そこを走る人がほとんどいないから。
Copilotに悩まされる時間はゼロだ。
本当に伝えたいこと
渋滞レーンにいる人を笑いたいわけじゃない。
怒り方が下手で、構造を見ず、人生を壊す方向へ走っていくのが、ただただ惜しいだけだ。
私は、二度三度と人生が壊れたと思ったことがある。その時の痛みは今でも忘れない。
生きた心地がしなかった。
だからこそ、言える言葉がある。
生活が壊れる前に、車線を変える準備だけはしてほしい。
自立は一気にやらなくていい。
でも、“準備”だけはできる。
その準備ができるようにZIKUUを作った。
ZIKUUは自立を練習する場所なんです。
結び
渋滞レーンでイライラしている人たちは、今日も明日も同じ道を走るだろう。
ただ、車線変更という選択肢もある。
そこが空いているのは、誰もそこに気づかないだけだ。
あなたが車線変更を思いついたなら──
私の痛みも、経験も、迷いも、すべてが意味を持つ。
ちなみに、車線変更には勇気や根性や情熱はいらない。
自分を取り巻く構造を静かに観察して理解するだけでいい。
構造がわかれば、自然と道が見えてくるし、体も動き出す。