――人材流動化政策と共同体の持続性の相克――
要旨
近年、日本政府および主要メディアは「リスキリング」を成長戦略の中核として位置づけ、個人の技能獲得と労働移動の促進を強く推奨している。本稿では、このリスキリング推進が個人レベルでは合理的に見える一方で、地域社会および共同体に対しては構造的に破壊的な影響を及ぼす可能性を内包していることを論じる。特に、技能の市場化と個人化が、地域における判断主体・技能継承・相互扶助の基盤をいかに空洞化させるかを分析し、代替的視点として共同体に接続された技能形成の重要性を提示する。
1. リスキリング政策の前提構造
政府が推進するリスキリング政策は、概ね以下の前提に基づいて設計されている。
- 技能は個人に帰属する
- 技能は可視化・認証・比較が可能である
- 技能の価値は市場によって評価される
- 労働移動は社会全体の効率を高める
これらの前提は、都市部の企業労働市場においては一定の合理性を持つ。しかし、この設計は地域社会という文脈をほぼ考慮していない。
2. 地域社会における技能の性質
地域社会における技能は、必ずしも資格や講座によって獲得されるものではない。
- 農作業や修理における経験知
- 人間関係の調整や合意形成
- 災害時・トラブル時の即時判断
- 長期的な土地・人の記憶
これらは「使われる場」「関係性」「継続的実践」によって形成され、共同体の中に沈殿する技能である。市場で切り出し、個人単位で評価することは本質的に難しい。
3. リスキリングが引き起こす人材流出のメカニズム
リスキリング政策が地域にもたらす影響は、次のような連鎖として現れる。
- 吸収力の高い人材が優先的に対象となる
- 技能獲得後、市場価値が可視化される
- より高い報酬・条件を求めて地域外へ移動する
この結果、地域に残るのは
- 移動が困難な層
- 可視化できない技能
- 判断を引き継ぐ人材不在の組織
となり、地域は自律的な判断主体を失っていく。
4. 「学びの場」としての地域の消失
本来、地域社会は
働く → 覚える → 引き継ぐ
が同一の文脈で行われる「学びの場」であった。しかしリスキリング政策は、
学ぶ(外部) → 認証される(制度) → 使われる(市場)
という分断されたプロセスを正当化する。これにより、地域は「技能形成の場」ではなく、単なる生活拠点、あるいは行政管理の対象へと変質する。
5. なぜこの問題は可視化されないのか
この構造的問題が表面化しにくい理由は三つある。
- 政策の成果が短期指標で測定されること
- 地域崩壊が緩慢かつ不可逆的であること
- 破壊が「善意の政策」として進行すること
誰かが意図的に地域を壊しているわけではない。しかし結果として、次の判断を担う人間だけが静かに抜き取られていく。
6. 共同体に接続された技能形成という視点
これに対し、技能を
- 市場ではなく
- 資格ではなく
- 個人ではなく
共同体の中で使われ続けるものとして捉える視点が存在する。技能が場に接続され、判断と責任が共有されるとき、地域は自律性を保ち続ける。
結論
リスキリング政策は、個人にとって合理的な選択肢を提供する一方で、地域社会の持続性に対しては重大な副作用を持つ。流行や善意のスローガンに乗って思考停止的に受容されるとき、地域は「人が住んでいるが、判断が存在しない空間」へと変わる危険性がある。
今、問われているのは「何を学ぶか」ではない。
その技能が、どこに接続され、誰の判断として残るのかである。
「リスキリング政策が地域社会に与える構造的影響について」への1件のフィードバック