― 抜け出すために生きるまでの道 ―
序文
この文書は、ZIKUUの活動を支えてきた思想の流れを記録したものです。
私が歩んできた十数年の思考と実践の軌跡をたどりながら、「なぜ私はこの道を選んだのか」を整理しました。
目的は懐古ではなく、未来のための参照です。
同じ時代を生きる誰かが、ここから自分の「抜け出す道」を見つけられるなら幸いです。
第1期:気づきと反発(2010〜2015)
この時期の中心にあったのは、便利さへの違和感だった。
登呂遺跡を訪ね、弥生時代の暮らしを見たとき、人が自分の使うものを自分で作るという姿に圧倒された。
そこから、「すべてを分業で済ませる現代社会は、本当に豊かか?」という問いが生まれた。
手を動かすという行為は、単なる労働ではなく、生きる感覚の回復だった。
「自分の手で何かを作ることが、自分の生を確かめることだ。」
この頃の私の関心は、まだ社会構造よりも「人間の在り方」に向いていた。
しかし、この“手の哲学”が、後の思想の出発点になった。
第2期:分断への疑念と再構築の模索(2016〜2020)
社会の分断と人の劣化を感じ始めた時期。
スマホとSNSが支配する世界で、人々が“自分で考えること”をやめていく様を見た。
教育もまた、考える力より「効率的な正解」を求めるようになった。
「思考の外注化が、現代の従属を生んでいる。」
この頃、私の中で「批評」から「設計」への転換が始まった。
批判しても何も変わらない。
ならば、自分たちで新しい学びの場を作るしかない。
ZIKUUという構想が芽を出したのは、この時期である。
それは単なる塾ではなく、自立のための環境再設計だった。
第3期:実践と連帯(2021〜2024)
思想が現実化していく時期。
「手と頭」「技と知」を両立させることを目指し、モノづくりとAI研究を結びつけた。
- 「家を建てられるプログラマー」
- 「溶接できるデータサイエンティスト」
これらは単なるキャッチコピーではなく、人の完全性を取り戻すための実践哲学だった。
ZIKUUは、共同体と教育、そして技術が交わる場として形成されていった。
第4期:脱出の思想(2025〜現在)
この段階で、思想は完成形に近づいた。
国家・企業・教育を含む従属の構造を批判的に見据えながら、個人がどう生きるべきかを問い直している。
「私は現状を批評するために生きているのではなく、抜け出すために生きている。」
抜け出すとは、社会を否定することではない。
自分の手で、もう一つの社会を組み立て直すことだ。
ZIKUUはそのための実験場であり、AIと人間、アナログとデジタル、技と知が交差する場所として今も進化している。
補論:思想の三本柱
- 手で考える(技術と倫理)
技術は単なる手段ではなく、思考の延長である。
手を動かすことが、世界を理解する行為になる。 - 知で立つ(教育と判断)
教育とは、知識を詰め込むことではなく、判断する力を養うこと。
AI時代に必要なのは、問いを立てられる人間だ。 - 人と生きる(共同体と尊厳)
個の自立は、孤立ではない。
支え合う独立こそが、持続する社会の基盤になる。
結語
思想とは、語るものではなく、生きる形で証明するものだ。
私はこの社会から抜け出そうとしているのではなく、この社会の外側に、もう一つの道を築こうとしている。
これは思考と判断を手放すことなく、社会と緩く接続する世界線。
それが、ZIKUUという試みの本質である。
ここに記した系譜は、まだ途中だ。
この先も、新しい実践とともに書き換えられていくだろう。