ちょうど3年前、ZIKUU建設のために土地を購入した頃に書いた文章がある。
それを振り返ってから、今を書いてみたい。
今日はモノづくり塾を開く山梨県東端まで、一般道をバイクで走った。
距離は70km。いつもなら2時間くらいかかるのに、今日は1時間半で着いた。理由がよくわからない。多少は道が空いていたのかもしれないが、それにしても速い。
前半30kmは典型的な市街地で信号も多い。後半の25kmは狭い峠道だ。今日はいつもより少し攻めて走った気もするが、センタースタンドをすぐに擦ってしまうスクーターでは、速さも知れている。
モノづくり塾を開く土地がある市は、人口が2万2千人ほど。隣の市も同じくらいだ。
人口推計では、40年後には人口が8割も減ると言われている。
明治初期の日本の人口は、今の3分の1ほどだった。
つまりそれよりも少ない状態になるということだ。
多くの自治体は人口減少を問題だと言う。
しかし日本は、可住面積あたりの人口が異様に多い国だ。北欧などと比べれば、15分の1とか20分の1とか、そのくらいの密度しかない。
だから人口が減ること自体は、本当はそれほど問題ではないはずだ。
問題は別のところにある。
EV化が進めば自動車産業は縮小するかもしれない。
半導体では負け組だと言われている。
将来の仕事がどこにあるのかが見えない。
これは人口の問題ではなく、産業の問題だ。
役所の人とも話しているのだが、人口減少を食い止めようという発想は、もうやめた方がいいと思う。
人口が3分の1になることを前提にして、事業を設計した方がいい。
町おこしだの何だのと言って、肉体労働者を呼び集めたり、観光客を呼んだりする施策は最悪だ。
それでは将来の子どもたちの仕事がなくなる。
本来、日本人の強みは電気と機械の分野の生産能力だ。
ITだってそれほど弱くない。軽視されているだけで、若い人たちは十分に優秀だ。
英語教育や環境教育を増やすより、強い分野を伸ばす方向に、はっきりと舵を切った方がいい。
モノづくり塾では、学校がやれないことを多く扱っている。
とはいえ、個人の塾でやれることには限界がある。
それでも、やらないよりはましだと思っている。
すでに相当行き詰まった状況なのだから、大人たちが少し我慢して変わらないと、手遅れになる。
責任を取らなければならない。
国が何とかしてくれることはない。
それから、3年が経った。
人口減少の流れは止まっていない。
店は少しずつ閉まり、空き家が増えている。数字よりも、風景の方が雄弁だ。
けれども、私は当時より悲観していない。
人口が減ることそのものが問題ではないと、ますます確信するようになったからだ。
問題はやはり、何を作る国なのかということだ。
この3年の間に、世界は大きく動いた。
AIが急速に進み、ものの作り方も仕事の形も変わり始めている。
多くの人はこれを「仕事が奪われる話」として語る。
しかし私はむしろ逆だと思っている。
少人数でも、大きなことができる時代になった。
昔は工場や大きな組織がなければできなかったことが、今では数人のチームでもできる。
小さな工房でも、設計も加工も制御も、かなりのところまで手が届く。
人口が減る国には、むしろ都合がいい。
人口が減るということは、社会が小さくなるということだ。
社会が小さくなれば、一人ひとりの能力の重みが増す。
つまり、雑な社会は維持できなくなる。
これまでのように、人を大量に集めて回す仕組みは成立しない。
だからこそ、一人が二つ三つの仕事を持ち、分野をまたいで働く社会の方が現実的になる。
例えば、10世帯くらいの単位だ。
両親と子ども二人くらいの家庭が10軒。
人数にすれば30人から40人ほどになる。
このくらいの規模だと、お互いの顔が分かる。
誰が何をしているのかも、だいたい知っている。
困ったときに助け合うこともできる。
昔の村の規模と、あまり変わらない。
ただし、昔と同じ社会に戻るわけではない。
電気もあるし、機械もあるし、コンピュータもある。AIもある。
やることは、農村に戻ることではなく、小さな単位で文明を回すことだ。
そのためには、専門家だけを集めるのでは足りない。
一人が一つの仕事だけをしている社会は、人口が減るとすぐに回らなくなる。
だから、二つ三つの仕事を持つ方がいい。
木工をやる人が電気も触れる。
プログラムを書く人が溶接もできる。
畑をやる人が機械の修理もできる。
そういう人たちが少人数で集まれば、小さな単位でも、意外なほど多くのことができる。
実際、私がガレージを建てたときもそうだった。
8畳ほどの建物を、一人で刻んだ。
柱や梁を一本ずつ刻み、溝を掘り、組み上げる。
2週間ほどの作業で、建物は立った。
そのくらいの規模なら、自分たちで作れる。
つまり、社会の基本的な部分を、自分たちで維持できる。
そういう場所を、少しずつ作ろうとしている。
私はそれを ZIKUU と呼んでいる。
特別な組織でも、巨大な計画でもない。
ただ、小さな文明の単位を作る試みだ。
人口が減る国では、巨大な都市や巨大な組織だけでは社会は支えられない。
むしろ、小さな単位が点在する社会の方が強い。
10世帯くらいの単位が、あちこちにある。
それぞれがある程度自立している。
必要なときには、ネットワークでつながる。
そういう社会は、昔に戻ることではない。
むしろ、技術が進んだからこそ可能になる形だと思っている。
人口が減る国でやるべきことは、人口を増やすことではない。
文明を小さく再設計することだ。
私は、その実験をしている。
私自身がその実験装置であるという自覚がある。
実際に、私が1人でやっていることを書いてみる。
- 塾運営
- モノづくり教室の講師
- ギターやロードバイクなどのモノづくり
- 望遠鏡やレーザー彫刻の制作
- 建築、内装、外装などの工事
- 小説や書籍の執筆
- ITインフラ構築
- AI研究と社会実装
- コミュニティー運営
- トイレ掃除
私は、35年ほどソフトウェアエンジニアとして経験を積み、その途中で、モノづくりに片脚を移して15年が経った。そういう背景があったこともあるが、多くのことが新規の取り組みだ。しかも、それらは還暦を過ぎてからやったことだ。
ZIKUUの設備を使うと、木工、溶接、金属加工、3Dプリンティング、ソフトウェア開発の全域に手が届く。
得手不得手もあるから、私はなんでもできる人ではない。
私はなんでもやってみる人だ。
10世帯が集まった小さな共同体で、なんでもやってみる人が集まったらどうなるか。
それを想像してみて欲しい。
その上で、人口減少が悲惨なのかどうか、何が必要なのか。
それを考えてみてはどうだろうか。
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