ダウンサイジングは節約ではない
多くの場面でダウンサイジングを計画している。
例えば、自動車やバイク。
現在は、普通自動車が1台、大型バイクが1台、中型バイクが1台ある。
普通自動車→軽自動車
大型バイク(1300cc)→大型バイク(700ccくらい)
中型バイク(250ccスクーター)→小型スポーツバイク
といった具合にダウンサイジングする。
納付税額、保険代、ガソリン代、消耗品代など、すべてが下がる。
ZIKUUのシステムも、ZIKUU Mini/ZIKUU Seedにダウンサイジングする。
こういう話をすると、節約や我慢を想起する人が多いかもしれない。
税、保険、ガソリン、消耗品。
これらは自分のコントロール外の外部依存。
それを減らす。
一つ前の投稿に書いた、リモートワークも、塾に行くための時間とガソリン代の節約話のように見えるかもしれないが、これも外部への依存を減らす話です。
ダウンサイジングは節約や我慢といった精神論ではない。
外部依存を減らすという構造論だ。
つまり自立。
人間の感覚はバグっている
大きな車、大きな家。
みんな気持ち良さそうにしている。
中には威張っている人もいる。
私はそういう人を見ると原始人みたいだと思う。
なぜか。
大昔なら、大きく強いものが生存戦略に適う考えだったかもしれない。
食糧を得るために狩りをするなら、頭脳と体力の両方が必要だ。
しかし、少し歴史を見るとわかる。
大きく強いものが生き残るのではないことが。
小さくて機動性があって知恵がある。
適応能力が生存率を上げる。
大きな車や大きな家は、大きな税金、大きな維持費、大きな保険代、大きな電力代、大きなガソリン代という外部依存。
今なら、小さい・俊敏・知恵が生存戦略に適う。
だから、大きい=強いは古い。
古い以前にバグってる。
巨大文明から小型分散文明へ
私は、アメリカの帝国主義が崩壊する様子を観察している。
昔の巨大文明は、ことごとく崩壊した。
これからは極小共同体が分散する文明になっていくと睨んでいる。
だから、ZIKUU Miniという構想が必然的に出てくる。
バグった生存戦略と価値観を持つ者は滅びると思う。
残るのは小さく俊敏で賢い小集団だけ。
ZIKUUは生存戦略を持った生態系。
ZIKUUシステムはそのための文明バックアップ装置。