ZIKUUの入塾ガイドにはこう書いています。
月謝の意味
・ZIKUUコミュニティーへの参加証として
・設備の使用資格として
月謝は、指導料ではなくて参加費です。参加していれば指導が受けられると考えてください。
指導料として考えると、月謝は指導サービスの消費になります。
ZIKUUというコミュニティーに参加していると、施設の利用資格と指導が得られるということです。
参加をすると、月謝はZIKUUの設備に振り向けられますから、月謝はコミュニティーへの貢献という位置づけになります。
ZIKUUは、参加も離脱も自由ですし、ちゃんと掃除をするというルール以外に、厳しいルールがありません。そういう意味では、非常に自由な場所ですが、参加意識がない人には指導はしないという厳しい掟があるのです。
私は、フリーランスのソフトウェア開発者のときで、2万円/時間、企業に在籍していたときで、4万円/時間を請求する技術者でした。もし指導を売るという形になると、月謝のような費用では済みませんし、サービスを消費するという形の要望には応えられないことになります。
ZIKUUは腐敗しない設計をしています。
- 金儲けに走らない
- 補助金や助成金に頼らない
- 権威を置かない
- 人を評価して比べない
この設計に反する行為はしません。
ですので、コンサルティングや受託製作のようなサービスは、ZIKUUの業務対象ではなく、やるとしたらと、それはZIKUUコミュニティー外の高価なサービスになります。
- 月謝は参加証
- 参加者には優しい
- 消費には冷たい
そういう戦略なのです。
ZIKUUの入塾ガイドの入塾の手続きの最初に「ZIKUUコミュニティーのメンバーになる」としているのも、コミュニティー参加が前提だという意味です。
コミュニティーの安全保障
「善良であれば安全でいられる」という考えは危険
- 無制限に善意を与えると、資源(時間・エネルギー・金銭)がすり減る。
- 相手からの期待が膨らみ、後からその期待に応えられずに信頼を失う。
- 感謝や善意が薄れ、真の影響力を持つことが難しくなる。
対照的に、戦略的に親切であることは
- リソースを守り、持続可能な形で他者に価値を届ける武器になる。
- 実際に成果が出ると、人々は「信頼」を抱き、長期的な影響力を持つようになる。
つまり、常に、善良であることは一見安全に見えても、実際はリスクを高め、自己破壊へとつながる可能性が高い。
「どこで手を引き、どこで手を差し伸べるか」を戦略的に決めることが、真に安全で影響力ある行動への道です。
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