自分が何をどう考えているか。
今日も、自分の思考の流れをメモとして残しておく。
今日は、ZIKUUの中高生基礎教科書の「日本文明」を読み返していて思ったことが中心だった。
思考の流れ:改善できる観察と小さな穴
出発点
日本文明は、環境変動に応じて形を変えながら継続してきた文明だ。これが基礎教科書に書いたこと。
重要なのは「柔らかいこと」そのものではない。
柔らかくするところ
硬くするところ
を意識的に分けること。
柔らかいだけでは形が維持できないし、硬いだけでは環境変化で折れる。
文明・社会・システムに共通する構造
硬い ・継続するもの ・目的 ・根拠 ・座標系 柔らかい ・方法 ・解釈 ・手段 ・運用
ZIKUUも同じ構造になっている。
硬い ・Fact ・原本 ・根拠 ・自律 柔らかい ・Dimension ・文脈束 ・PREの解釈 ・モデル
森林と獣害から見えること
現在の日本は森林率が高い。
しかし問題は森林率そのものではない。
昔は、
深い森 ↓ 薪炭林 ↓ 草地 ↓ 畑 ↓ 集落
という緩衝層が存在した。
つまり人と森には距離があった。
現在は、
深い森 ↓ 放棄地 ↓ 集落
になりつつある。
家のすぐ裏が山。畑のすぐ隣が山。
つまり、
森が増えた
ではなく、
人と自然の境界を維持していた仕組みが消えた
が本質かもしれない。
地域振興への違和感
多くの地域振興は、
人を呼ぶ ↓ 消費が増える ↓ 地域が維持される
という前提に立っている。
だから、
・カフェ
・イベント
・道の駅
・移住施策
などになる。
そもそも、そこで生まれ育った子が出ていって戻ってこない。
そこに都会から人を呼ぶという話が多い。
しかし、実際に地域を維持しているものは、
技能継承
森林管理
狩猟
漁業
身体知
地域内循環
かもしれない。
無力感と出る杭
地域では、
どうせ変わらない
という経験が積み重なる。
さらに、
浮かない
波風を立てない
という生存戦略が加わる。
過去には合理的だった戦略が、環境が変わったことで逆効果になることがある。
適応戦略
↓
慣性
適応ばかりで学習しない
になってしまう。
地元民は移住者に適応を求めるよね。
思考フレームの固定
施策は違って見えても、
根の構造が同じ可能性がある。
人を増やす
↓
消費が増える
↓
地域維持(という期待)
という前提が固定されると、
新しい施策も同じ空間内を動くだけになる。
つまり、
違うことをしているつもりで
同じことをしている
状態。
遠目に見ると「あ、またか」
うまく行かない考え方の枠組みの中で、うまく行く考えは出てこない。
これは課題解決の際には意識しておかなければならないこと。
考え方の枠組みを変えるのが先だ。
ZIKUU 的な方法
大きな変化を直接起こそうとしない。
膨大なエネルギーが必要だから。
小さい穴を開ける
↓
観察
↓
少し広げる
↓
別の人に渡す
これを繰り返す。
説得ではなく、
存在する状態を作る
ことを優先する。
どうせ言っても聞かないし。
秤の問題
通常使われる秤:
人口
来訪者数
売上
移住者数
これらは量の秤。
しかし測りたいものは別かもしれない。
技能継承密度
自律性
文化密度
文明密度
重要なのは、
良い秤
ではなく、
改善できる秤
であること。
改善できる観察
観察は固定しない。
観察 ↓ 小さく試す ↓ 観察の改善 ↓ 再観察
秤も観察軸も更新する。
観察対象だけでなく、観察する方法自体を改善する。
観測自体も観測の対象として見る。
観測に対する判断や行為も観測の対象として見る。
大きな視野と小さな実践
小さい試行だけでは局所最適になる。
大きな理想だけでは手が止まる。
必要なのは、
大きな視野を持ったまま
↓
小さく試す
↓
結果を返す
↓
大きな視野も更新する
全体と部分の往復。
熱意について
熱意は根性論ではない。
根性論:
気合い
↓
我慢
↓
もっと頑張る
ここで考えているもの:
熱意
↓
観察
↓
条件理解
↓
方法変更
↓
再試行
重要なのは、
やりたいことは固定
やり方は変える
こと。
大谷翔平から見えたもの
ホームランでも年俸でもない。
見えているのは、
野球をやりたい
↓
条件変化(2度のトミー・ジョン手術)
↓
方法変更(投球フォーム、トレーニングの方法)
↓
再試行
という構造。
これを物凄い速度で回しているのが大谷翔平の見るべきところ。
これを地域に置き換えると、
地域振興をやりたい
が見えない。
代わりに、
事業を回したい
成果を作りたい
に見えることがある。
カフェを作っても人が減った、道の駅を作っても森が荒れた、という結果は知っているのに、改善しないから、「本当にやりたいの?」と思ってしまう。
「やりたい」を「やれる」に変換するには、考え方を変えないといけない。
最後に出てきたもの
最終的には精神論ではなく、
思考法になった。
一行で書くと、
どうにかこうにかしてやる
↓
やれる方法を考え続ける
そして、その中心にあるものは、
改善できる観察
である。