── 正義の興奮、印籠の製造工程、そして物語に支配される世界について
はじめに
世の中は理念で動く、と言う人がいる。
世界は議論で進む、とも言われる。
しかし、歴史を静かに観察すると、世界を動かしてきたのは、もっと単純で、もっと原始的な力だ。
人間は物語が好きだ。
水戸黄門のように、悪人がいて、正義が勝ち、印籠が出て、一件落着。
考えなくていいし、安心もできる。
ところが現実でも、人間は物語に酔い、興奮し、印籠を振り回し、構造を見失う。
本来は構造で判断すべき政治・国際関係・社会問題さえ、善悪二元の浅い物語に吸い込まれていく。
Xなどを見ていても、伸びる投稿は善悪二元論の単純な物語ばかりで、本質的で構造的な問いは無視されがちだ。
言いたい放題の言論の自由は大事だが、短い物語と感情的な反応に押し流されいては問題は見えない。
このエッセイの目的は、物語に酔う前に、構造を見るというただ一点にある。
正義のテーマは“先に決まっている”
移民、脱炭素、ジェンダー平等、民主主義、人権、SDGs……
どれも耳ざわりが良く、反対すると悪人扱いされるテーマだ。
だが、これらは自然に生まれたわけではない。
● 国際機関
世界の「今年の正義テーマ」を卸売りする場。
評価指標とランキングを使い、“正義の空気”を輸出する。
● 財団・基金
テーマと連動した大量の資金が流れる。
研究・教育・メディアすべてに影響を与える。
● 学術界
金の流れに沿って研究が集中し、後付けで“学問的正当性”が構築される。
つまり、正義は自然発生ではなく、製造され、流通し、輸入される。
構造は驚くほど単純だ。
政府はなぜ印籠に弱いのか
国際指標や評価レポートは、現代版の「印籠」だ。
- 国連の勧告
- OECDのランキング
- 国際評価
- 外圧
これらを突きつけられた途端、官僚はほぼ反射的に従う。
- 「国際評価が下がると困る」
- 「外圧を使うと国内調整が楽」
- 「世界標準に合わせておけば批判されない」
こうして、印籠にひれ伏す国 が出来上がる。
だがその印籠を誰が作ったのかを誰も見ない。
我々が問題を解くには、
国際機関→財団や基金→学術界やメディア→政府(官僚と政治家)
という流れの構造の中の、どこに対策を講じれば効くかを考えて実行に移すことである。
この中で、選挙が直接効くのは、最も下流の政府の一部でしかない。
やるなら、官僚が作る天下り団体や法律を骨抜きにする、腐らせるといったことが必要になるはず。
新しい外郭団体を作らせない、議員の立法能力を高める、官僚以外のブレインを持ちレクチャーを受ける、みたいなことを徹底的に行う、官僚の人事をより民主的にするといったことの方が効くはず。
学問の自由、報道の自由を謳う学術界やメディアも非常に厄介だ。
なぜ人は物語に弱いのか
物語は構造より理解しやすく、興奮しやすい。
● 物語は脳の負荷を下げる
善悪がはっきりしているから、考えなくて済む。
● 正義に酔うと思考力が下がる
道徳的優位を感じた瞬間、人間は論理的思考を停止する。
冷静になって眺めれば、「頭が悪いな……落ち着けよ」と思うかもしれないが、それができないのだ。
正義に酔っている人は、思考モードが感情モードに切り替わっている。
たぶんIQが20くらい下がる。
“罰したい欲望”という黒いエンジン
正義の物語が強いのは、善ではなく 快楽 が中心にあるからだ。
人間の深層には罰したい、攻撃したいという原始的な衝動がある。
しかし、そのまま出せば悪人になる。
だから普段は抑えている。
だが正義の物語が現れると、これらが一気に解放される。
- 怒ってよい
- 罰してよい
- 攻撃してよい
- 群れでやれば怖くない
- しかも自分は“善人側”
これほど甘い状態はない。
物語は真っ黒な心を結合する。
さらにもっと黒い真実がある。
人は、悪人がいなくなると困る。
悪人を失えば、不満の原因を全部自分に向けなければならない。
だから、新しい悪人を次々に作り続ける。
これが物語の暴走を生む。
善人の群れが最も危険である理由
個人ならまだ自制が働くし、責任もとれる。
しかし「正義の側に立った群れ」は無敵になる。
- 罰したい衝動
- 道徳的優越感
- 仲間意識
- 興奮
- 単純な善悪構図
- 異論排除
- 思考停止
これらがセットになると、ブレーキのない集団 ができあがる。
「落ち着け」と言っても無駄だ。
落ち着くインセンティブがないのだから。
人間が賢くなれない理由
構造を見る人間なら当然こう思う。
「もう少し人間は賢くなれないのか?」
残念ながら、そういうわけにはいかない理由ははっきりしている。
● 興奮は思考より気持ちいい
正義の怒りはドーパミンの塊。
● 構造を見る能力は訓練が必要
学校では育たない。
自動的には身につかない。
努力が必要だ。
● 群れに所属するほうが安全
同調すれば攻撃されない。
● 自己正当化は思考を破壊する
「自分は善人だ」と思った瞬間、人は考えなくなる。
結論はこれだ。
人類全体が賢くなることはない。
賢くなるのは、興奮に負けない少数だけだ。
ちなみに私は、テレビや新聞を見ない。
孤独を恐れることもないし、孤独は悪いこともではないと思っている。
だから、毎日、何かしら調べて勉強する時間が持てる。
他人に良い人だと思われたくもないし、間違いを恐れない。
間違えたら直せばいいと思っている。
自分はバカだから、少しでもバカではない自分になりたいと思っている。
たったこれだけの暮らしの癖で、上の危険な要件のほとんどを排除できる。
印籠が乱舞する典型例──アメリカの戦争
アメリカの戦争は、正義の物語 → 興奮 → 印籠乱舞 → 地獄というテンプレートの典型例だ。
● ベトナム
物語:
「自由を守る戦い」
印籠:
- “赤の脅威”
- 国際的圧力
- 専門家の正義語り
結果:数百万人の死者と失敗。
● イラク
物語:
「大量破壊兵器がある」
印籠:
- CIAレポート
- 国連決議の空気
- メディア総動員
結果:大量破壊兵器は存在しなかった。
● アフガニスタン
物語:
「テロとの戦い」
印籠:
- NATOの同調圧力
- 人権論
- 自由の拡大
結果:20年戦い、撤退した瞬間に元通り。
テーマは変われど、構造は一切変わらない。
世界は“物語だらけ”の実例
アメリカの戦争だけではない。
世界は次のような“物語テンプレート”で満ちている。
● コロナ
「ゼロリスクが命を守る」
● EU移民
「多様性は絶対善」
● 脱炭素・ESG
「地球を救う」
● 過激フェミニズム
「すべては性差別」
● LGBTIQナラティブ
「反対=差別」
● SDGs
「未来のための魔法」
● 国際援助
「かわいそうは正義」
● 多文化主義
「文化は混ぜれば豊かになる」
● 自由貿易
「市場はすべてを解決する」
● SNS炎上
「我々こそ正義」
● コーポレートDX
「DXは唯一の未来」
● 陰謀論
「自分たちだけが真実を知っている」
どれも構造は同じ。
- 善い言葉
- 印籠(権威・指標)
- 群衆の興奮
- 黒い欲望
- 思考停止
- 現実は破綻
これらの運動を夢中でやっている人たちを観察すると、欲望の塊みたいな人だらけだ。
物語は真っ黒な欲望と結びつきやすい。
世の中は物語だらけで、人間は物語に酔いすぎる。
アメリカの戦争を見ても、世の中の騒動をみても、「ああ、またやってるな」と。
構造を見ていると、そういう風に見えるのだ。
印籠ではなく、印籠を作った手を見よ
水戸黄門の印籠は本物で、掲げれば悪人はひれ伏す。
だが現実では、印籠は物語と資金と人間の黒い欲望で作られる。
物語を信じてもよい。
正義を語ってもよい。
しかし、
その物語を誰が作ったのか?
そこに金はどう流れているか?
構造はどうなっているのか?
そこだけは、酔わずに見ておくべきだ。
物語ではなく構造を見る人間だけが、群れの興奮装置の外に立ち、世界を静かに、正確に読み取ることができる。
その上で、戦い方を決めるべきだ。
私自身は、自分の心が真っ白だなどとは思っていないが、真っ黒なのは嫌だと思っている。
ZIKUUでは構造を見て思考することを推奨するために、教科書も作成している。
中高生向けと題している教科書群(全16巻)はAmazonで電子版を購入できる。