希望を語らず、予定を語れ

希望という言葉が、だんだん空っぽになってきた気がする。

私が若い頃、世の中は、自分が努力しなくても上向きだった。
その後、不動産バブルがきたり、ネットバブルや金融危機がきたりして、大きな影響を受けたけれど、上向き気分を感じられる時期があったのは確かだ。

今は「夢を持て」「希望を捨てるな」と言われても、どこか上滑りして聞こえる。
真面目に勉強して大学に進んでも、職がない。
職に就いても、給料はなかなか上がらない。
車も結婚も、家族を持つことさえ、贅沢品のように扱われる時代だ。
そんな社会で「希望を持て」と言われても、心が動かないのは自然なことだと思う。

だから、発想を変えよう。
希望を語るのではなく、予定を語る。

希望は、まだ形になっていない「願い」だ。
けれど、予定は「行動の約束」だ。
予定を立てるというのは、未来に指をかけること。
まだ届かない場所でも、「そこへ向かう」という意思を表明することだ。

まずは1時間後の予定を決める。これは、すぐに動くためのスイッチだ。
次に、1日後の予定。
その次に、1週間後。
さらに、その先は、1週間ごとや1ヶ月ごとに書き出せばいい。
最低でも3年後くらいまで、それが無理なら最低1年後くらいまで。

そして、それを公言する。口に出す。誰かに伝える。
予定通りできるか不安な人ほど、公言するのが大事だ。

後は予定通りに暮せばいい。
決意が必要かもしれないけれど、それは小さな決意だ。
小さな勇気があればいい。
不思議なことに、予定は形を持ち始める。
周囲がその予定を覚えていて、あなたの行動を支えてくれることもある。

ゴールは適当でいい。
どうせ途中で変わるし、変わっていい。
予定を持つことそのものが、歩みであり、成長だ。

希望は空を見上げるだけで終わることがある。
けれど、予定は足を一歩前に出させる。
未来は希望から生まれるのではなく、予定の積み重ねから形になる。
気がついたら希望が見えてくる。

予定を語ろう。
それは「何をしたいか」ではなく、「いつ、どこで、誰と動くか、何をするか」を語ることだ。
その積み重ねが、あなた自身の物語を作る。
希望という言葉が軽くなった時代だからこそ、予定を語る人が、未来を少しずつ変えていく。

これを読んだ人。
すぐに予定を書いて!

私が、ZIKUUの建設を始めた頃。
建築をやった経験がなかった。
わからないことだらけ。
正直、やれるかどうか不安だった。

直前に、ぎっくり腰で寝込み、帯状疱疹が出て床にふした。
真冬の寒い時期に、屋外にテント泊をしての作業は過酷だ。
短期間にやれるとは思えない。
もしかしたら大怪我をするかもしれないし、命を落とすかもしれない。
周囲の人は、そんな心配をしていた。

それでも、予定を立てて、周囲に公開した。
塾オープンは5月連休明けを予定。

11月に地鎮祭。
12月中に、基礎工事の業者手配。
1月10日までに、建具を作る。仮設トイレ設置、仮設電源引き込み。
1月15日から、建て方開始(大工さんの応援あり)。
1月25日から、一人で現場に泊まり込んで、外壁や内装工事。
その後、什器制作、機材搬入・・・・・とToDoリストを作った。
そして予定通り、5月連休明けにオープンできた。

途中、何度も不安に襲われた。
けれど、予定を立て、予定通りに動くことで、不安は少しずつ形を失っていった。
予定が、希望になった。

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