手元に置くChatGPT

ChatGPTを手元に置く、ということは、「便利な道具を使う」という話ではなくて、「自分たちの頭と暮らしの主導権をどこに置くか」という話だと思っている。

スマホを開けば、いつでもChatGPTやGeminiが応えてくれる。
質問すれば、私よりはるかに多くの本を読んだような顔をして答えを返してくる。
この巨大な知恵袋は、世界中のデータセンターのどこかで、電気をがぶ飲みしながら動いている。

ここに、弱点がある。

サーバーが止まれば終わりだし、料金体系が変われば使えなくなるかもしれない。
企業や国家の都合で、答えてはいけない話題が増えていくかもしれない。
「今日はメンテナンス中です」と言われたら、それでおしまいだ。

つまり、とても高機能だけれど、こちらの都合では動いてくれない頭脳だ。

私が「ChatGPTを手元に置きたい」と思うのは、この依存関係を少しでも弱めたいからだ。

ローカルで動かすAIは、クラウド版に比べれば、どうしても性能が落ちる。
パラメータ数も少ないし、推論速度も遅いし、できないことも多い。
それでも、電気とマシンさえ確保できれば、こちらの意思で動き続ける頭脳になる。

ちょっと極端な言い方をすると、

・クラウドのAIは「都会の超一流専門家」
・ローカルのAIは「山の中の作業場に住み込んだ相棒」

そんな違いがある。

前者は、相談すればすごい答えを返してくれる。
でも、いつまで付き合ってくれるかは私の手の内ではない。
後者は、多少頭の回転は遅くても、電源さえ入れておけば、日々の作業や記録に、文句も言わず付き合ってくれる。

私が欲しいのは、後者のほうだ。

情報の自立という観点で見ると、「どんなに高機能でも、外部のインフラに強く依存する道具」は、最後の切り札にはなりにくい。

山間部で暮らしていると、その感覚が少しわかる。

物流が止まれば、ホームセンターの棚から材料が消える。
電線にトラブルがあれば、一晩で「ただの山」に戻る。
それでも生きていくには、

  • 手元にある道具で何とかする工夫
  • 周りの人たちと融通し合う仕組み
  • 「最悪これだけあれば動ける」という最低限の基盤

が必要になる。

AIも同じだと思っている。

ZIKUUで取り組んでいるAIシステムは、全部この方向を向いている。

クラウドAIに全面的に頼るのではなく、

  • ローカルで動くLLM
  • ZIKUUの記録やノウハウを詰め込んだ知識ベース
  • 共同体の言葉づかいと価値観になじんだ「AI塾長」

こういうものを山の作業場の一部として組み込むのが目標だ。

外部のAIサービスはもちろん使う。
けれど、それは「外の世界への窓」として位置づけたい。

日々の相談事や、作業の段取り、過去の記録の検索、
塾生とのやり取りのメモ、機械のメンテナンス履歴──
そういう「暮らしと仕事の延長線上にある会話」は、できるだけローカルに置いたAIとやり取りしたい。

それがそのまま、共同体の記憶装置にもなっていくからだ。

「ChatGPTを手元に置く」というのは、ChatGPTそのものをローカルにコピーしてくる、という意味ではない。

そうではなくて、

  • クラウドAIで得た知恵や対話の型を、自分たちのマシンにも根付かせること
  • 自分たちの言葉と経験でチューニングされたAIを、共同体の一員として迎え入れること
  • そして、最終的な判断と責任は人間側が引き受けること

この三つのバランスを取る、という話だ。

高機能なクラウドAIは、これからもどんどん賢くなるだろう。
それはそれで、ありがたく使わせてもらえばいい。

でも、「自分たちの頭と暮らしの主導権」だけは、できるかぎり手元に置いておきたい。

ZIKUUのAIシステムは、そのための長い準備運動だ。
山の中の作業場に、少しずつ機械や治具が増えていくように、AIもまた、自立した共同体のための道具として、静かに棚に並べていきたいと思っている。

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