分際という言葉の心地よさ

― 自分の立ち位置で生きるということ ―

平等という言葉は、どうも日本人の身体感覚に合わない。
制度の上では必要だけれど、日常の会話で使い始めると、どこかぎこちない。
比べる言葉だからだ。

私がしっくり来るのは、やっぱり分際という感覚だ。
卑屈でも見下しでもない。
「あなたはあなたの場所で、できることをきちんとやればいい」
その程度の、素朴な言葉だ。

もし分際という言葉を投げかけられたときに抵抗を感じのでれば、それはあなたの日本語が壊れかけている状態を示しているのかもしれない。

冬のテント泊で、静かにわかったこと

ZIKUUの建屋を自分で建てたときのことだ。
真冬の上野原。気温は朝方マイナス10度まで下がる。
夜は薄いビニールのテントの中で寝て、朝から晩まで作業を続けた。

周りの人は心配していたが、正直、寒さはあまりつらくなかった。
しっかり装備もしていたし、作業に集中していると体は温まる。
ただ、食事は少し悲しかった。
ストーブで米を炊き、缶詰を開け、静かに食べる。
材料費と工費を考えると、そうするしかなかった。

夜、風が吹くとテントが飛びそうになる。
バサバサと鳴るビニールの音を聞きながら、

「分際って、こういうことかな」とふと思った。

いまの自分ができることをやるしかない。
背伸びもできないし、誰も代わってくれない。
そんな状況に置かれると、不思議と心は静かになる。

分際を受け入れると、人は淡々と動ける。
このとき初めて、それを体で理解した。

分際は、比較ではなく「観察」から始まる

平等という言葉は、どうしても外側を見る。
あの人と自分は同じであるべきだ、と。

分際は違う。

– いまの自分は、どこに立っているのか
– 今日の自分の目と手で、何ができるのか
– 明日に向けて、一つ改善できる点はどこか

視線が向かうのは最初から内側だ。

だから、比較の渦に巻き込まれない。
「自分の持ち場はここだな」と淡々と確認して、手を動かせばいい。

分際という言葉は、自分を縛るようでいて、実は自由にしてくれる。

戦後、「平等」は流行したけれど

戦後の日本は、アメリカ的な民主主義の影響で、「平等」「平等」と言い続けてきた。

平等を絶対視すれば、当然、欠乏感は増える。
比較が日常化するからだ。

– あの人が得している
– 自分は報われていない
– 社会が悪い

いつの間にか、外側ばかりを眺めてしまう。
その結果、「自分の持ち場でできること」が見えなくなる。

分際の言葉を忘れると、日本人は迷いやすくなる。
私の周りでも、そういう光景をたくさん見てきた。

私が塾生に求めていることも、分際の延長線上にある

ZIKUUの作業場で塾生と一緒に木を削っていると、よく思う。
私にとっては自然な手の動きでも、塾生には難しい。

それは当然だ。
私は長い時間をかけて、その動きを体に刷り込んできたからだ。

でも「できない」ことは悪くない。
最初の分際はそこにあるだけだ。
そこから少しずつ範囲を広げていくのが学びだ。

分際は、広げるためにある。
止めるためではない。

実は、分際ほど成長と相性のいい言葉はない。

平等よりも、分際の方が人を自由にする

分際という言葉は、自分の小ささを確認するためのものではない。

むしろ逆で、いまの足場をしっかり踏みしめるための言葉だ。

足場を固めた人だけが、次の段に上がれる。
焦りや虚飾では建物は立たない。
あの冬のテント泊でずっと感じていたのは、その当たり前のことだった。

だから私は、平等という言葉をわざわざ振り回す必要はないと思っている。
比べるより、観察して動く方が、日本人には向いている。
そのほうが、手と心のバランスが取れる。

分際は、人を静かに自由へ向かわせる。
私はそういう言葉が好きだ。

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