私が好きな法隆寺。
何度も地震や台風にあっても、1300年もの間、そこに立ち続けている。
重機もない、レーザー測量機もない、電動工具もない、木材加工機械もない飛鳥の時代に、当時の大工たちが工夫を重ねて建てられた。
故西岡常一氏によると、あの五重塔の部品はどれ一つ同じ寸法ではないのだとか。
それは木の声を聞き、適切に加工し、配置し、成り立たせた当時の大工たちの仕事ぶりが伺えるエピソードだ。
氏は、自身の大工としての知恵や技能を駆使し、1300年前の大工たちが考えたことや選んだことを紐解いた継承者だった。
文化や文明を保存するというと、完成したものを大事に保管することだと考える人は多い。
しかし、それだけでは、人が何を考え、どう判断し、何をして何をしなかったか、まではわからない。
だから、法隆寺五重塔という現物が眼の前にあっても、現代の大工が同じものを建てることは困難だ。
世界にはロストテクノロジーと呼ばれているものがたくさんあるが、それらは現物はあるけれど再現方法がわからないというものだ。
当時の思考や判断の跡が見えないから。
一次情報をアーカイブするのは、一般的に言われる保存だ。
しかし、それだけでは文明のバックアップとは呼べない。
一次情報から文脈を抽出して、その束を保存する。
なぜなら、文脈には、何を考え、どう判断して、何を選んだかが残るからだ。
その文脈の束を時系列に並べれば、完成品が生まれるまでの人の思考の跡が見えることになる。
後世の人が、再び文明を起動と思った時に、完成品だけが残っているのと、人の思考の軌跡までが残っているのとでは、起動のしやすさが断然違う。
すべての組織や共同体には、独自の文化や文明がある。
後になって
あの人たちは、こんな風に考えていたのか
ということが見えると、文化や文明の再生、あるいは自分たち独自の文化や文明を構築する際に参考になる。
これは、ZIKUUのコアシステムの一つであるContext Pipeline Serverを開発中に、小説、ブログ、論文などの文脈抽出試験をしているときにはっきり気づいたことだ。
時期を前後して書かれた小説やブログの活動記事。
その文脈を並べてみると、思考や判断の痕跡が見えて、自分が何を考えて今に至ったかが手に取るようにわかるではないか。
ZIKUUのコアシステムは、一次情報をアーカイブしたものをソースコード、抽出した文脈束を中間コード、それらを射影した意味空間とする。
意味コンパイラーを作っているかのようだ。
そこからはじめて、AI塾長のようなアプリケーションが作られる。
人もAIも長く大量の記憶を保持しながら思考することはできない。
だから、文脈と意味空間に記憶を圧縮して、いつでも引き出せるようにすることで、より良い思考環境が実現できると考えている。
これは、AIアプリケーション、AIエージェントを作る前に、知識環境を作っているということになるが、AIアプリケーションを作るのに比べると、とても面倒くさいし地味な作業だ。
でも、やる。
ZIKUUがやっていることは、
- 若者にギターの作り方を教える
- 塾生と小屋を設計する
- AIを使ったソフトウェアを作る
すべてが継承のための面倒くさい作業だ。
私には、その面倒くさい作業の積み重ねが、文化や文明を継承するのに有効だという確信があるけれど、本当に有効だったとわかるのは、私がこの世を去ってからだと思う。
「文明をバックアップするには文脈抽出が不可欠だということ」への1件のフィードバック