エッセイ
舞台装置の中で暮らす人々
いま、私たちは自分の街に住んでいるのではない。観光という舞台装置の中に、間借りしているだけだ。 鎌倉も江ノ島も、京都も同じだ。街の中心は、もはや暮らす人のためではなく、外から来た人のカメラのために機能している。家は「映え … 続きを読む
ZIKUUという現代塾
多くの人が、松下村塾や吉田松陰を伝説のように語る。 そこには、憧れや敬意、そしてどこか懐古の響きがある。 「今の時代には、あれほどの場はもう生まれない」と言う人もいる。 ZIKUUは時空。この名前を考えたときには、当然の … 続きを読む
哲学なき効率の時代に
考えることを避ける時代に、考える場所をつくる。“面倒くさい”の一歩先に、人間らしさがある。 最近、塾生たちと話していて感じるのは、「思想の不在」あるいは「哲学の希薄」だ。 やり方だけを学び、最短経路を探すことに慣れてしま … 続きを読む
ロマンのクラウドファンディング
所謂、地域おこし的な文脈の中でよく出てくるタイプのクラウドファンディング。 地方自治体の取り組みの中でもこういうものが紹介されることがある。また環境教育・自然教育・平和教育などを掲げるNPOが、同様の活動していることも多 … 続きを読む
自転車関連道交法改正について〜危険な兆候
最近、4月からの自転車関連法規についてSNSなどで騒がしい。そして、それが非常に危険な兆候を示していると感じたので、急いで指摘する。 今回の自転車まわりの道路交通法の動きは、実態として、 です。 何が起きてるか 今回の騒 … 続きを読む
見えない島へ向かうということ
たまたま日本列島に住む古代の日本人が、神津島まだ黒曜石を採取しに航海をしていたという話を読んで思ったことを書く。 神津島は、普通は見えない。 本州からおよそ五十キロ南にある島であり、海岸に立っても、その姿は水平線の向こう … 続きを読む
餓鬼畜生の国から、人の国へ
餓鬼 — 欲望だけの社会 近ごろの日本を見ていると、「足りない」という声ばかりが聞こえてくる。お金が足りない、時間が足りない、人材が足りない。けれど、足りないと言いながら、誰もが手の中にスマートフォンを握りしめ、一日中ス … 続きを読む
ZIKUUという場について
人は何かを変えようとするとき、たいてい自分を変えようとする。 もっと頑張ろうとか、もっと続けようとか、そういう方向に力を使う。 それでうまくいくこともあるけれど、長くは続かない。 しばらくすると元に戻る。戻るというより、 … 続きを読む