最近、リベラルアーツという言葉をよく見る。
インテリっぽい人、STEP教育や分野横断する活動をしている人に多い。
多くが本物じゃない気がしたので、今回は、分析して構造としてまとめることにした。
1. 本来のリベラルアーツは「能力体系」
リベラルアーツは、歴史的に
- 論理
- 言語
- 数理
- 世界理解
を思考の道具として身につける体系だった。
つまり、何かを語る資格ではなく、思考のための道具箱だ。。
なので本来は、
- 哲学を語る人
- 教養を語る人
ではなく、
- 論理を使える人
- 数理を扱える人
- 議論を組み立てられる人
が対象だった。
本来どうであるかを理解しておくのは重要だ。
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2. 現代の「リベラルアーツ」は看板になっている
今よく見るのは
- リベラルアーツ教育
- STEAM教育
- 横断型学習
みたいな言葉だが、実態は、専門性の弱い人が語りやすい領域になりがちだ。
だから、集客用の看板として使いやすい。
理由は簡単で
- 数学 → 実力がすぐバレる
- 工学 → 作れないとバレる
- 物理 → 理解してないとバレる
でも、「教養」や「横断」は評価が曖昧だからバレない。
多くの場合、リベラルアーツは集客語。
言葉の定義をいい加減にしてはいけない。
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3. STEM界隈でリベラルアーツが流行る理由
STEM教育の文脈でリベラルアーツが出てくるのは、主に次の理由だ。
(1) 理系教育が細分化しすぎた
研究や技術が
- 超専門化
- 分業化
している。
その結果、全体像を語る人がいなくなった。
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(2) そこに「思想ポジション」が生まれた
そこで
- 「横断」
- 「統合」
- 「教養」
を語るポジションが生まれた。
都会と田舎を繋ぐ、地元と移住者を繋ぐなどの、繋ぐ系ビジネスモデルにも見られる傾向だ。
ただし問題は、語る側が実装経験を持たないケースが多いこと。
これが「なんか変だぞ」という違和感を覚える原因だ。
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4. 技術者から見ると違和感が出る
実装側から見るとこう見える。
- 作ったことがない
- 設計したことがない
- 失敗したことがない
のに、社会や技術の意味を語る。
だから薄く感じる。
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5. 本来の「強いリベラルアーツ」
歴史的に本当に強い人は、だいたいこうでした。
- レオナルド・ダ・ヴィンチ
- ニュートン
- ライプニッツ
つまり
作る人 + 考える人
のこと。
そういう人がリベラルアーツの人。
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6. リベラルアーツを語る人の共通点
理念先行型
- 世界観
- 価値
- 生き方
- 教養
は語る。
でも構造や実装は弱い。
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7. 本当のリベラルアーツはむしろ職人寄り
歴史的には、工学・数学・哲学が一体だった。
だから
- 技術
- 数理
- 世界観
を同時に扱う人が本来の意味に近い。
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ZIKUU で我々がやっている
- ソフトウェア設計
- 物理
- 機械
- 社会構造
- 思想
のような横断は、ルネサンス型ポリマスに近い。
ポリマス(polymath)とは博学者のこと。西洋の伝統的な称号の一つで、様々な事柄や分野に通じていて、優れた学識を持った人のこと。特にルネサンス期に理想的な人格とされた。
現代の大学でも、リベラルアーツを提唱していることがあるが、本来的な意味のリベラルアーツに比べると、だいぶ「弱くなった版」。
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日本は明治以降「リベラルアーツを失った国」という見方がある。
この話は、少し歴史を辿ると見えてくる。
結論を先に言うと、日本は明治の近代化で「リベラルアーツ型の知識体系」を壊してしまったという見方がある。
それ以前の日本にはかなり近いものが存在していた。
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明治以前の日本
1. 江戸時代の知識体系
江戸の知識人は、今の大学のように
- 文学
- 科学
- 技術
を分けていなかった。
典型は 蘭学者で、例えば
- 杉田玄白
- 平賀源内
この人たちは
- 医学
- 物理
- 機械
- 化学
- 薬学
- 絵画
- 商売
を普通に横断していた。
つまり、実務 + 思想 + 科学が一体だった。
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2. 職人側にも知識体系があった
江戸の職人は単なる労働者ではなく、
- 数学(和算)
- 材料知識
- 構造理解
を持っていた。
代表例として、
- 関孝和
和算は、
- 測量
- 建築
- 暦
- 天文
と密接につながっていた。
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3. つまり江戸は「横断型社会」
現代風に言うと
- 科学
- 工学
- 思想
- 技術
が分離していない。
言い換えると
職人 + 学者 + 技術者がまだ分かれていない社会だった。
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4. 明治で起きたこと
明治政府は急速に西洋化を進めまた。
そこで導入されたのが、ドイツ型大学制度だ。
典型は東京大学。
このモデルでは、学問は
- 医学部
- 法学部
- 工学部
- 理学部
のように完全に分離される。
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5. ここで何が起きたか
結果として、
- 学問 → 大学
- 技術 → 企業
- 職人 → 現場労働
と分離した。
つまり、知識の統合者がいなくなった。
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6. リベラルアーツが弱くなった理由
欧米ではまだ
- 哲学
- 数学
- 科学
を横断する文化が残っていました。
でも日本では、専門化だけを輸入してしまった。
その結果
- 技術者は哲学を語らない
- 哲学者は技術を知らない
という分断が生まれた。
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7. だから今「横断」が流行る
今よく言われる
- STEAM教育
- リベラルアーツ教育
は、壊れた知識体系を再統合しようとしているとも言えるかもしれない。
ただし、前述したように、実装を伴わないケースが多いので薄く見える。
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8. 面白い点
ZIKUU がやっている
- ソフトウェア
- 機械
- 物理
- 社会構造
- 知識体系
みたいな組み合わせは、むしろ、江戸の知識人の構造に近い。
つまり、
- 学者
- 職人
- 技術者
- 思想家
を分けない。
これ、日本を取り戻すという文脈で考えると価値がある。
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9. 大卒を疑え
実は、大学という制度そのものがもう限界に来ているという議論がある。
理由はシンプルで、知識の更新速度が大学より速くなったから。
大卒、エリート、みたいなものを疑う必要がある。
ZIKUUが推奨するのは、1日の活動時間を、生業、学習、コミュニティに割く時間を同じ比率にして暮らすこと。
週末科学者という考え方をすすめているのもそのため。
効率化して便利になったのに、相変わらず1日8時間働け!というのに疑問を持たないあなたには、よく考えて欲しい。
それはあなたの本当の意思なのか。
会社経営する人も、従業員の労働者時間は1日4時間に。どうせ、フルに8時間集中して仕事していない。
だから、1日8時間から脱却して、空き時間を作って科学しましょう。