必要は必要の母である

これはChatGPTに描いてもらった想像絵。

必要は発明の母である

という言葉がある。

ZIKUUの場合は

必要は必要の母である

だ。

私が木製ロードバイクフレームを作ろうと思ったきっかけについて書きたいと思う。

45歳を過ぎて始めたロードバイクだった。

リストラされて暇だったこともあり、毎日のように夢中で走らせた。

一年も経つと、日に300kmくらいは当然のように走る自分がいた。

思い立って、自宅から伊勢神宮までの450kmを24時間かけて走り、その後、宿泊もせずに鳥羽港まで走り、フェリーで知多半島へ。そこから浜松まで走って、新幹線で小田原。小田原から自宅までまた走る。
無泊で600km近く走ったことになる。
走行アベレージは25.3km/hだった。

25km/h x 24h = 600km/day。

そのときふと思った。

路面から伝わる微振動を減らせば、疲労を軽減できるのではないか。

そうだ!木だ!

まだ、その頃はギター製作もしていなかったが、ギター製作を始めたときには、すでに木製フレームのロードバイクが頭にあった。

日に600kmを走るには、木製フレームのロードバイクが必要

ロードバイクフレームを作るには、材料が必要旋盤も必要フライス盤も必要自転車専用工具も必要

気がついたら、フレームを製作する道具や機械が揃っていた。

一つの必要が、次の必要を生む。
だから、必要は必要の母だ。

思い返すと、ZIKUUを建設したのも、AIを使った複雑なシステムを構築するのも、すべて必要だったからだ。
一つやると、新しい扉が開かれる。
それの繰り返しだ。

上の想像絵は、そんなZIKUUの近未来を表している。

今、開発の終盤に差し掛かったシステムは、いずれ1台のミニPCに収まり稼働する。

若者が嬉しそうにミニPCの中に、

文明が入っている

と言う。

その横で、私は森林に分け入るための

ローバーを設計し、フレームを溶接

している。

その後ろで、妻が、

また始まった・・・

と呆れている。

これがZIKUUの日常の景色だ。

必要だから作る。
その中で学ぶ。

必要は必要を生み、それが未来を少しずつ変えていく。

ちなみに絵の中の私と妻はこんな顔ではない。

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