ZIKUU Distillery で小さなモデルの学習しながら考えた。
現在の人材不足という問題は、「能力を育てること」と「目先の成果を得ること」の違いが、社会全体の規模で現れた例だと思う。
企業は新卒採用を絞り、正社員を減らし、非正規雇用を増やすことで、短期的には人件費を抑えられた。
でも、その間に失われたのは雇用機会だけじゃない。
若者が仕事を覚え、失敗し、経験を積み、やがて次の世代を育てる側になるという、能力の再生産の機会まで失われた。
20代で任される仕事、30代で経験する責任、40代で培われる判断力。これらは、40代になってから研修を受ければ取り戻せるというものではない。
そして今、人手不足になったからといって、中堅人材を突然採用しようとしても、社会全体で育ててこなかった人材を簡単には調達できない。
これは、個々の氷河期世代の能力の問題ではなく、企業と社会が十分な育成機会を提供しなかったことによる構造的な問題だと思う。
ZIKUU Distilleryは小さな言語モデルに教師モデルの能力を移していく蒸留という手法を使ったシステムだ。
それは、
- 教師モデルに問いに対する正解を出力させる
- 必要なら、その出力を人間が修正する
- 問いと正解のセットで小さな言語モデルに学習させる
- 運用環境にその成果を配備する
これを繰り返すシステムだ。
このシステムを新入社員の雇用のように使うことができる。
例えば、業務プロセスの振り分け担当者。
通常は硬直したルールを実装したワークフローシステムなどで実装されることが多いが、業務モデルを読ませて、適切なプロセスを出力する小さくて高速な判断機を小さなLLMで作ることができそうだ。
システムを導入した時点では新入社員だ。
業務のリハーサルを何度も繰り返して、典型的な業務プロセスを学習させる。
新人研修みたいなものだ。
ある程度業務を学習したら、本番環境に配備して、実際に業務を回してみる。
これがOJT。
OJTには、シニアやベテランのプロセス管理者が張り付いて、業務が適切に振り分けられているかを見る。
必要なら、修正を入れる。
この金額の場合は、課長決済じゃなくて部長決済だ、この金額の場合は、課長決済でいい、みたいに。
この成果を再び学習させる。
そのうち、AIが出した業務プロセスを見て、プロセス管理者が業務プロセスの見直しのヒントを得る。
高性能なAIに丸投げするのではない。
人とAIが、相互に影響を与えながら、一緒に成長していくモデルだ。
これ、手っ取り早く利益を上げたいという経営者には響かないかもしれない。
実際に響かなかったから、氷河期世代みたいなものが生まれたわけだ。
しかも、30年もすると、その時に若者を採用しなかった経営陣は引退してたりする。
人材不足を目の前に、責任をとる者はもう会社にいない。
これ、酷くないか?
安定した仕事に就く機会を失うと、経済的な見通しが立たず、結婚や子育てを希望していても踏み出しにくくなる。住宅や資産形成も遅れ、老後の生活基盤にまで影響する。
厚生労働省も、就職機会を逃したことで十分なキャリア形成ができず、現在も正規雇用への就職が難しい中高年層の存在を支援制度の対象としている。
高齢者についても同じ構造があると思う。
一定の年齢で仕事や社会的役割から切り離されると、所得だけでなく、人とのつながり、知識を伝える機会、新しいことに挑戦する機会まで失いやすい。だから政府の高齢社会対策でも、年齢を問わず社会参加できる機会が重視されている。(内閣府)
そして、ここで「可能性の掛け算」が効いてくる。
機会を一つ失うというのは、成果を一つ失うことではない。その機会から派生したはずの、まだ見えていない未来の機会まで失うことだ。
逆に、機会を一つ作ることには、後から何倍にも広がる可能性がある。
だから就職氷河期の問題を、今になって給付金や就職支援だけで解決しようとしても、失われた時間そのものは戻らない。支援には意味があるけれど、それだけでは回復できない部分が残る。
何かを始めるには十分な可能性を用意する。
ZIKUUは、何かを始めるときに、
敷居を下げる
何をやってもいい
何歳から始めてもいい
と考えている。
これらは、それぞれが違う障壁を取り除いている。
- 敷居を下げる:お金、設備、知識、技能が足りないから始められない、という障壁を取り除く。
- 何をやってもいい:決められた目的や成果を求められることなく、自分の興味から始められる。
- 何歳から始めてもいい:若い頃に機会を逃したから、もう遅いという考え方を取り除く。
社会には、年齢によって機会を区切る仕組みが多い。新卒採用もそうだし、教育や職業訓練にも「普通はこの年齢で」という暗黙の前提がある。
でも、人間の興味は年齢順に生まれるわけじゃない。
60歳になって初めて木工に興味を持つ人もいれば、70歳でプログラミングを始める人がいてもいい。上手になるかどうか、仕事になるかどうかは、始めてから考えればいい。
そして、特に大事だと思うのは、始める時点で成果を約束する必要がないこと。
今の社会では、何かを始める理由を聞かれると、資格、就職、収入、地域活性化といった成果を説明するよう求められがちだ。
でも、それでは「あれ、面白そう」が潰れてしまう。
もちろん、敷居を下げることと、取り組む内容の水準を下げることは違う。
入口は広くても、そこから本格的な技術や知識へ進める環境が必要になるから、ZIKUUは、DIY体験じゃなくて、プロの技を学べるようにしている。
だから、設備や道具があり、詳しい人がいて、失敗してもまた試せるという「場」に意味がある。
ZIKUUは、何かを成し遂げることを保証する場所ではなく、何かを始める可能性を失わせない場所。
失われた過去の時間は取り戻せない。
だからといって、これから生まれるはずの機会まで諦める必要はない。
そして、自分が何かを始めることで、今度は誰かに新しい機会を与える側になることもある。
そうやって機会が連鎖する場所なら、年齢も経歴も、それほど重要ではなくなっていくんだと思う。
「人とAIが一緒に育つ環境」への1件のフィードバック