批判と提案が届かない人がいるから
批判と提案を、あえて分けて書くことにした。
同じ文章の中に入れると、どちらも届かなくなるからだ。
批判を聞ける人は、もうすでに変わろうとしている。
だから、痛いところを突かれても受け止められる。
一方、提案を受け取れる人は、すでに動き出している。
だから、細かい説明がなくても理解してくれる。
けれど、この二つの人たちは、驚くほど重ならない。
批判は、立ち止まって考える力を持つ人に響く。
提案は、動きながら考える人に届く。
しかし、今の社会では「考える人」と「動く人」が分断されてしまっている。
それぞれが相手を批判し、正しさを競い合っている。
その間に、静かな溝ができている。
だから、批判と提案を分けて書く。
一つの文章に両方を詰め込むと、読者は逃げ場を作る。
「これは自分のことではない」と思う。
あるいは「わかるけど、現実はそうはいかない」と心の中で処理する。
そうして何も変わらない。
いくら文章で訴えても、届かなければ意味がない。
「届かない人がいる」という現実を、嘆くことはしない。
人にはそれぞれの速度があり、立っている場所がある。
無理に動かすよりも、届く人にしっかり届けた方がいい。
小さくても確実に届く言葉を積み上げれば、いつかその輪が広がる。
批判は、構造を見抜くために。
提案は、手を動かすために。
どちらも欠けてはならないが、混ぜると力が散る。
だから、私は分ける。
考えるための言葉と、動くための言葉を。
その両方が、やがて同じ場所に辿り着くことを信じながら。