批判と提案のあいだにある沈黙〜その2

批判と提案が届かない人がいるから

批判と提案を、あえて分けて書くことにした。
同じ文章の中に入れると、どちらも届かなくなるからだ。

批判を聞ける人は、もうすでに変わろうとしている。
だから、痛いところを突かれても受け止められる。
一方、提案を受け取れる人は、すでに動き出している。
だから、細かい説明がなくても理解してくれる。
けれど、この二つの人たちは、驚くほど重ならない。

批判は、立ち止まって考える力を持つ人に響く。
提案は、動きながら考える人に届く。
しかし、今の社会では「考える人」と「動く人」が分断されてしまっている。
それぞれが相手を批判し、正しさを競い合っている。
その間に、静かな溝ができている。

だから、批判と提案を分けて書く。
一つの文章に両方を詰め込むと、読者は逃げ場を作る。
「これは自分のことではない」と思う。
あるいは「わかるけど、現実はそうはいかない」と心の中で処理する。
そうして何も変わらない。
いくら文章で訴えても、届かなければ意味がない。

「届かない人がいる」という現実を、嘆くことはしない。
人にはそれぞれの速度があり、立っている場所がある。
無理に動かすよりも、届く人にしっかり届けた方がいい。
小さくても確実に届く言葉を積み上げれば、いつかその輪が広がる。
批判は、構造を見抜くために。
提案は、手を動かすために。
どちらも欠けてはならないが、混ぜると力が散る。

だから、私は分ける。
考えるための言葉と、動くための言葉を。
その両方が、やがて同じ場所に辿り着くことを信じながら。

コメントする